西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展

(2017-4-7WEB管理者注記:この展示は終わっています)

西大寺文化資料館では特別企画として『西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展』を開催します。
展示期間は平成28年(2016)6月5日(日)~8月28日(日)までの毎日曜日です。
開館時間は10時~16時です。

今年の三月、当館に約百年前の錦絵(多色刷り木版画)の冊子が持ち込まれました。
1冊目は、約100枚の錦絵新聞
2冊目は、西南戦争に関する20枚の錦絵新聞と12枚の芝居絵
3冊目は、38枚の錦絵
これらは主に大阪で出版され、西大寺に伝わり、保存されていました。
今年は西南戦争から100年目に当ります。そこで、2冊目の錦絵新聞「鹿児島県有のそのまま」をメインに特別展を企画しました。
あわせて、西南戦争が起こった明治10年ごろの岡山の様子や西南戦争で従軍記者を務めた岡山市出身の犬養毅元首相(号・木堂)が執筆した記事のコピーを展示しています。
展示概要は次の写真の通りです。
東京や大阪で発行されていた錦絵新聞がどのようなルートで西大寺に伝わったのか、情報をお持ちの方は是非、西大寺文化資料館もしくは当会(HP)の問合せへ是非、一度足をお運びいただき、詳細をご覧ください。

西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展

錦絵新聞(にしきえしんぶん)とは
日本の明治初期の数年間に発行されていた視覚的ニュース・メディアで、一つの新聞記事を浮世絵の一種である錦絵一枚で絵説きしたもの。
グラフィックとしての錦絵に着目して新聞錦絵と呼ばれることもある。
錦絵新聞は、浮世絵の特色のうち「報道的な性格」を強く持っていた。ほとんどが明治7年(1874年)から明治14年(1881年)にかけてのごく短期間に発行され、やがて小新聞に押されて姿を消していった。
ウィキペディア錦絵新聞より

鹿児島県 有のそのままを一部読み下しをしましたので、ご覧ください。(2017-4-7WEB管理者注記:早稲田大学資料からの正当な利用か不明のためリンク削除)

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