西大寺愛郷会の歩み

*発行書籍「西大寺17号(平成 4(1992)年 3月発行)」からの転載です。
従って、昭和48(1973)年から平成4(1992)年の20年間の歩みですのでご注意を。

西大寺愛郷会二十年の歩み

<岡山県教育委員会の表彰を受ける>

昭和四十八年に生まれたわが西大寺愛郷会は、昨年(平成三(1991)年)十一月一日岡山県教育委員会から、社会教育及び文化の分野における功労者として表彰されたので、本号はここにこれを祈念してその歩みの跡を記しておく。
表彰状の文面はその功を次の如く記してある。
貴会は多年にわたり郷土史研究および文化財保護を通して地域文化の振興に寄与された功績が大きいので表彰します。
そして表彰状と同時に、記念品として電池時計を戴いた。

<本会の誕生>

戦後わが国の人心は、政体の一大変革、世界情勢の影響に伴ない、ものの見方、、考え方が戦前とすっかり変わってきた。
そして長い間守ってきた伝統も旧習とし顧みず、永い間築いてきた文化財も無用なものとして捨てるようになってきた。
しかしこうした風潮も三十年を経るとようやくその非に気づき、文化遺産の如きは大切に保存し、後代に伝えねばならないと考えるようになってきた。殊に町村の合併がしきりに行なわれ、自分の町村もその名を失うようになり、一層その感を深くしたのであろう。地方史の研究が広く一般に注目されてきた。
わが西大寺の地区にも町村の合併が行われてきた。且つ各地に団地が陸続として造られ、他の地方からの移住者も多くなってきた。
そこで市の郷土の歴史を認識し、文化財の保護などに協力してもらおうと、講座の一つに郷土史が取りあげられてきた。
しかし講座はその期間限りで終わり、聴講者は相集うて共に研究する機会がない。ここにおいて郷土史の講座に参加した人々の間から、終了後もなお引き続き互いに語り合って勉強しようという気運が昂まり、ここにわが愛郷会が生まれた。
特に昭和四十八年四月八日である。最初会員は十余名であったろうか、皆んなこの方面に深い関心を持った熱意のある人々であった。
そしてその折三浦叶が会長に、井原仙太郎が書記長(事務局長)に推薦された。

<会則>(略)
<本会の事業>(略)

<結び>

さて最後に結びとして今後の在り方について述べるべきであるが、現在未だ確乎とした自信ある意見が熟していない。
それは二十年の歳月を送ると、その間新しく入会する者があれば退会する者もあり、中には有力者の歿することもあって、いつともなく常連の顔触れも変わってきた。今や発足以来の者は数少なく、而も老齢化しており、若い人々の積極的な活動、運営が切望されるが、中々その人を得難いのが実情であるからである。殊に資料館の運営が一番課題である。
今日、大方の各自治体には種々な博物館ができているが、古い西大寺の町にはそれがなく、専門家ではなく、而も資力時間もない我々が、市に代わり奉仕によって細々と之をやってきているのである。
会員の熱意と市民のご賛助によって多少資料も集まり、ケンキュウの基盤もできたのであるから、今後は志が我々に代わって本格的な博物館を造り、資料の保存をさらに拡充し、研究啓蒙活動を一層活発にし、歴史ある町の活性化の中心機関になるようにされたい。  それができなければ、こうした文化的な事業に理解ある経済人、事業化の方がしてくださればいいがと、この度県教育委員会の表彰を受けて、心秘かに考えているところである。
(西大寺愛郷会会長 三浦 叶)

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