西大寺と坂本龍馬・中岡慎太郎

近代デジタルライブラリー史籍雑纂、第五

西大寺観音院の龍馬の間と慎太郎の間

西大寺観音院の龍馬の間と慎太郎の間西大寺観音院の龍馬の間と慎太郎の間

中岡慎太郎・坂本龍馬と津田弘道との会談

(2017-4-8WEB管理者注記:以下の記述は、旧資料館サイト掲載頁では引用が多量に及び、著作者同意を得ることが円滑な利用につながるものと思われるため、サイト調整の際大幅に削除し、ひとまず「引用」の範囲に収まるだろうという程度とした)

石田寛著 『維新期・岡山藩の開明志士 津田弘道の生涯』より転載します。

中岡慎太郎・坂本龍馬と津田弘道との会談
◇  ◇  ◇
第4章 探索周旋
六 「中岡慎太郎・坂本龍馬と津田弘道との会談」
もっとも興味を引くものは、中岡慎太郎・坂本龍馬の二度にわたる会見である。津田は水戸藩天狗党の情報蒐集後引続き京都へいた。
津田個人の記録、岡山藩の記録に中岡・坂本との会見に関することは見当たらないが、中岡慎太郎の『海西雑記』にその会見の記事がある。
第一回目は京都、第二回は岡山城下の近くの藤井駅と二度会ったことが知られる。経緯をもっと詳しく見よう。

1 中岡慎太郎・坂本龍馬と津田弘道らの面談

中岡慎太郎は、元治二年(慶応元年)二月五日赤間出発、七日馬関に至り、十三日に上京、藩邸に投じ、上国の形勢を視察し、廿三日再び
西下する。この京都滞在十日間の一日(慶応元年二月十七日)水戸の河邊春次郎、備前の津田彦左衛門、河邊源太夫に会っている。
(2017-4-8WEB管理者作業:略)
『海西雑記』によれば、「閏五月二十九日夜発舟、六月朔日(記事なし)。同慶応元年六月十日(十四日の誤り)備前西大寺に宿す。
同十五日、藤井駅に宿す。周旋客津田彦左衛門、伊木太夫臣小松源治面会」とあって、六月十五日津田らとの面談を以て日記を終っている。
この面談については今のところ史料が見付からない。

(2017-4-8WEB管理者作業:略)

 

 

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