雄神川神社(渡場町)

せえでえじ神社巡り:雄神川神社(渡場町)

西大寺の人々に神武(じんむ)様と親しんで呼ばれています。神社の鳥居の前横には豊国橋の石柱があります。

雄神川神社(渡場町)
雄神川神社(渡場町)。画面て前の道路を右手に行くと吉井川、左手に行くと緑花公園近く

明治12年(1879)有志が国にお願いして建立

明治12年(1879)有志が国にお願いして建立したと言われています。雄神川とは吉井川のことで、神武天皇、孝明天皇、天照大神、大国主命らの祭神にちなんで通称「じんむさま」と呼んでいるそうです。境内は広くきれいにお掃除されていて、境内の右側には正一位稲荷と左側には英霊様が並んでお祀りされています。
豊国は豊臣秀吉公のことです。高松城を攻めているとき、織田信長公が本能寺で明智光秀の謀反に会いました。信長公自滅の報を受けた秀吉は京都へ跳んで帰りました。秀吉の中国大返しといって有名なお話です。この時、この西川を渡り大雁木(吉井川)から舟に乗ったと伝えられています。
これは以前、渡場町の川沿いの「ビューテイサロン くるみ」(現今町町内会長 森美喜男氏(71歳)の家の横に架けられていた豊国橋の石柱をこの地、雄神川神社に移されたということです。
この地を渡場町(南2丁目)というのは秀吉が渡っただろうというところからつけられたといわれています。

渡場町町内会長の歳森潔氏(67歳)をお訪ねしました

管理をしている渡場町町内会長の歳森潔氏(67歳)をお訪ねしました。町内会長就任と同時に雄神川神社崇敬会も任され、崇敬会で管理をしているそうです。
「とにかく老朽化が著しく、大きな出費で大変です。3年前は雨漏りがして修繕をしていたら、大きな梁も直して大変な出費でした。去年は台風で銅板が壊れて直しました。平成25年10月には繰り越し金があったので子供神輿を新調しました。これは皆さんに協力頂いてなんとか安く出来ることが出来ました」と予算を捻出するのに大変な苦労だとお話しくださいました。渡場町は約130所帯あるそうですが空き家率も2割ほどあり高齢化が問題だと話しておられました。
敷地内の倉庫には以前の子供神輿も保管されていました。

これは余談ですが歳森氏は鳩を150羽も飼っておられます。レースに出場なさるそうで優勝杯が沢山飾っておられ、獣医さんなので鳩の病気は解る等のお話もお聞きして帰りました。

英霊様:雄神川神社(渡場町)
英霊様:雄神川神社(渡場町)
正一位稲荷:雄神川神社(渡場町)
正一位稲荷:雄神川神社(渡場町)

★<じぃじの独り言>

「この西川は秀吉が通った後の、江戸時代に掘られたと思うんじゃが」
と首をかしげているんじゃぁ?

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