荒鍬宮(今町)

せえでえじ神社巡り:荒鍬宮(今町)

荒鍬宮(今町)
荒鍬宮(今町)
荒鍬宮(今町):西大寺側から永安橋を渡る手前の交差点、右手に見える
荒鍬宮(今町):西大寺側から永安橋を渡る手前の交差点、右手に見える

元は西大寺普門坊円満院の鎮守

元は西大寺普門坊円満院(通称普門院)の鎮守でした。明治45年(1912)事情があり今町町内会が管理をすることになりました。祭神は本地将軍地蔵菩薩、三宝荒神 天満大自在天神だそうです。普門院にはこの仏像を描いた宝暦(徳川家重9代将軍1760年ごろ)の掛け軸が保管されているとか。
昔は旧の1月23日に子供会陽が行われていました。地蔵菩薩が子供のための仏様であることから、観音院の大人の会陽にたいして地蔵様の縁日の23日に行われていましたが、昭和30年ごろになくなってしまいました。

会陽の次の土曜日に荒鍬宮のお祭り

今町町内会の森美喜男氏(71歳)は「観音院の会陽の次の土曜日(第4土曜日)に荒鍬宮のお祭りをしています。お祭りを執り行うのは普門院の住職さんです。」と教えてくださいました。
境内の中には今町会館もあり、良い枝ぶりの桜もあって満開の時は楽しませてくれています。
3代目永安橋の西詰交差点のそばなので交通量も多いのですが今町町内会がきちんと管理をして下さっているので安心です。
普門院様と関係が深いので普門院の副住職鷲峯氏(55歳)にお聞きしました。
「元々、江戸時代には普門院と円満院という二つのお寺が並んでありました。明治時代二つが一緒になり普門坊円満院と呼んでおりましたが、円満院の守り神である荒鍬宮を町内会の方へ譲ったと聞いています。荒鍬宮のご本尊さんはお地蔵様で普門院のご本尊さんは虚空蔵様です」と教えて下さいました。色々歴史があるのが興味深くお話をお聞きしました。

★<じぃじとばぁばの独り言>

じいじ「昔はこの荒鍬宮の前の道まで海じゃったと言っとんたが、信じられんようなはなしじゃなあ」
ばあば「お宮なのに普門院の住職さんが執り行うのは不思議じゃなあと思っとったが、由来を調べみて、納得したなあ」

“荒鍬宮(今町)” への1件の返信

  1. 正確には、成光寺の鎮守です。初見は、1351年です。西大寺で最も古い神社です。正確には、9月10日に備前高島国府から成光寺と一緒に移転してきました。
    1351年賀重要なのです。

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