堤防決壊、M25年にも似たようなところが。資料は語る

岡山県上道郡水害見取図(明治25年)
岡山県上道郡水害見取図・部分(明治25年)

「岡山県上道郡水害見取図 明治25年」の部分コピーが寄せられましたので紹介します。一部、作成後手書きが加えられているようです。

明治25年は、西暦1892年です。同年7月23日を中心に台風により暴風雨洪水が発生しています(出典・岡山市の災害 PDF)。上道郡では、死者11人、負傷者2人、家屋全壊206戸、家屋半壊280戸、床上五尺浸水1059戸、床上に至る浸水3092戸、となっています(出典・同前)。

「見取図」は1892年の同台風にともなう被害状況をまとめたものです。図は西大寺近辺をコピーしたもので、電子町内会へ提供されました。これを見ると、西大寺、芳野、などのほとんどが浸水し、芳野小学校は倒壊、金田、可知の村役場も浸水していると読み取れます。

また、砂川は、平島、角山、芳野などで決壊し、図を提供していただいた方の見立てによると「平島の決壊場所は今年7月と似たような場所」「角山の決壊場所はこれまでたびたび指摘され、越水などがおこっている場所」「芳野両岸にまたがる決壊場所は、地元では危ないと言われているところ」などとのことでした。

「芳野」は旧村で、現在の浅越地区、中野地区の範囲にあたります。芳野関係の砂川左岸では、堤防が弱くなっていることを具体的に指摘する声も聞かれます。

砂川のうち芳野の決壊場所
砂川のうち芳野の決壊場所(先頭図の部分切り抜き、カラーで書き加え)

ちなみに、明治26年(1893年)10月12日~14日にかけて同様に台風により暴風雨洪水が発生、昭和9年(1934年)9月20・21日は室戸台風、昭和21年(1946年)12月21日には南海地震による被害を受けています。

 

追記

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