毘沙門天(元町)

せえでえじ神社巡り:毘沙門天(元町)

大正11(1921)年西大寺住宅組合により63軒の家が田圃の中に作られました。この区画は将来西大寺の発展の元になるという意味から「元町」と名づけられました。明治44(1911)年に開通していた西大寺鉄道の起点西大寺駅から西大寺観音院への参道として発展していきました。
町内には多くの商店が軒を連ね、劇場、映画館、飲食街も出来ました。元町の位置を示す道標(石柱)が「割烹ひさご」前の三差路に建てられています。
独尊のとき「毘沙門天」、四天王がそろっているときは「多聞天」といいます。インド神話のクベータが仏教に取り入れられたものだそうです。武将の姿で二つの鬼を踏んでいて、怨怒の相をしています。
ここでは木像の毘沙門天をお祀りしています。

現在、元町町内会長・岡崎巌氏が代表で管理

だんだんと宅地が広がり元町は大きくなりました。ここは「じぃじ」こと岡崎巌氏(75歳)が元町町内会長で代表して管理しています。
夏祭りは、7月15日前の日曜日に行われています。戦後元町会館を建立した時、お社も一緒に建てました。子供神輿を出し親子で会館の2階に集まりお弁当を一緒に食べビンゴゲーム等をして遊びます。80所帯ある元町ですが町内会加入は100パーセントだそうです。
夏祭りの祭礼は、上寺山余慶寺の恵亮院さんが来て執り行ってくださいます。

毘沙門天(元町)
毘沙門天(元町)
普段は鍵が掛かっています。

★<じぃじとばぁばの独り言>

じぃじ:わしが町内会長で管理しよんよ。子供が少なうなったが、神輿の時には町外へ出ていかれてた人の子供さんやお孫さんも参加されとんじゃあ。
ばぁば:元町は西大寺の町の元じゃったんじぁあ。映画館などあったなあ。今では考えられんほど静かな住宅地になったなあ。

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