琴松庵(猫庵、中福町)

せえでえじ神社巡り:琴松庵(猫庵、中福町)

琴松庵(猫庵、中福町)
琴松庵(猫庵、中福町)

金岡に美しい求女(もとむ)という娘が母と暮らしていました。会陽で京都から西大寺に来ていた公家・花小路家に誘われ奉公にあがります。京都の生活にも慣れた頃、河原で子供たちに虐められている猫を助けました。猫は「月」と名付け可愛がって暮らすようになりました。
美しい求女は、花小路の愛妾でした。それに嫉妬した奥方に命を狙われますが、「月」の機転で命拾いをしました。
母の元に戻ろうと船に乗ります。しかし、追いかけて来た家来にまたもや命を狙われ海に身を投げました。水死しかけた求女ですが、釣漁をしていた小豆島・土庄の二人連れに助けられました。母の待つ金岡へと帰りましたが、母も京都から追いかけて来た家来に悪い噂を流され、悲しみのあまり自害しておりました。
その後も度々命を狙われますが、危ないところをいつも猫の「月」に助けられました。

西大寺に戻った求女は、父の知り合いの米問屋・藤屋八兵衛に相談し、庵を建ててもらいました。猫の「月」と住みました。自分の周りで亡くなった大勢の人たちの供養をする生活始め、穏やかな日々を過ごすことができました。1878(明治11)年生涯を閉じました。この庵は「猫庵」と呼ばれ、猫が行方不明になったり、亡くなった時は供養してもらったりしました。

北之町町内会会長・大森後藤治(ごとうち)氏(64歳)が代表で管理

庵は、北之町町内会会長・大森後藤治(ごとうち)氏(64歳)が代表で管理しています。7月22日に芥子山の宝泉寺にご祈祷をして頂いています。昔は太鼓を叩いたりして一日中庵で遊んでいましたが、今はなにもしていないそうです。

猫庵は岡山市東区西大寺中3丁目にあり、現在の庵は2005年に改築されました。

参考文献
1916年の地元紙「中国民報」に「伝説猫庵」(中村兵衛作)

★<じぃじとばぁばの独り言>

じぃじ:すぐそばに吉井川から町を守る堰板があるんじゃあ。また見てやってな。
ばぁば:取材にいってびっくりしたんじゃが、会長の大森氏は明治35年に「大森自転車商会」を創業した老舗でじゃあて。現在5代目を襲名しているそうで大森後藤治(ごとうち)ゆうんじゃて。もちろん戸籍も直しているんじゃあ。襲名というと歌舞伎みてえじゃなあ。西大寺では一人じゃそうじゃあ。

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