「はだか」第649号

「はだか」第649号(1月29日付・西大寺川柳社)が発行されました。

「はだか」第649号(1月29日付・西大寺川柳社)

「はだか」第649号(1月29日付・西大寺川柳社) 表紙

同号は、「河畔集」「一人一句選」「川柳はだか一月句会」などの句紹介ほか、「おめでとう」欄、川柳大会告知など10ページ構成です。

「おめでとう」欄では、「山陽柳檀」(1月6日)で、第三席・田辺たかき、佳作・永見心咲、とのうれしい報告が載っていました。「訃報」欄に、竹原汚痴庵さんが昨年12月に永眠されたとの記事がありました。
汚痴庵さんの昨年6月の句、「説明し詫びて真相藪の中」など7句を掲載し、故人をしのんでいます。

日程

  • 1月31日・全日本川柳大会
  • 2月10日・第68回西大寺会陽川柳大会
  • 2月20日・第7回春の川柳塔まつり誌上大会投句締め切り
  • 2月末日・第7回広島県川柳協会誌上大会
  • 3月16日・西大寺川柳社三月句会(西大寺公民館)
  • 4月20日・ 西大寺川柳社三月句会(西大寺公民館)

西大寺川柳社へのお問い合わせ:川柳を一緒に楽しみませんか。お問い合わせは、西大寺川柳社(野島全さん、086-943-4627)まで。

五社宮(中福町)

中福町の五社宮

せえでえじ神社巡り:五社宮(中福町)

2班に分かれてみんなで管理

吉井川に臨む堤防の上にあります。古い町内であるので町の発展と共にあった5つの祠を寄せ宮したといわれています。祭神は不詳です。中福町町内会会長・久山雅生氏(72歳)は「町内会が管理をしているのでなく二班に分かれて掃除等管理をしています。夏祭りは7月21日観音院の夜待ち祭りと同じ日の、朝9時半から窪八幡宮(東区久保)の宮司さんにお願いして祈祷して頂いています。今は祈祷をして頂いたらそれで終わりになっています。」と教えてくれました。

★<じぃじとばぁばの独り言>

じぃじ:大正10年上水道が西大寺にできたんじゃあ。今もその時の蛇口が残っているぞ。
すぐ近くには高瀬舟を繋いでいたというエノキが一本だけ残っているしなぁ。すぐ前はムコウスカ(向州)じゃー(洲のことをスカと呼んでいた)お地蔵さんがあるのはここで何か事故でもあったんじゃろぉか?
ばぁば:久山氏がお伊勢さんのお社をお預かりしているといってたなあ。昔は伊勢講といって近所の人たちが寄ってお祈りをして其のあと直会(食事会)をして親交を深めたんじゃあ。今はみんな忙しゅうてそんなのんびりした会がのうなったな。お社を預かっているってごくろうなこっちゃあ。

琴松庵(猫庵、中福町)

琴松庵(猫庵、中福町)

せえでえじ神社巡り:琴松庵(猫庵、中福町)

琴松庵(猫庵、中福町)
琴松庵(猫庵、中福町)

金岡に美しい求女(もとむ)という娘が母と暮らしていました。会陽で京都から西大寺に来ていた公家・花小路家に誘われ奉公にあがります。京都の生活にも慣れた頃、河原で子供たちに虐められている猫を助けました。猫は「月」と名付け可愛がって暮らすようになりました。
美しい求女は、花小路の愛妾でした。それに嫉妬した奥方に命を狙われますが、「月」の機転で命拾いをしました。
母の元に戻ろうと船に乗ります。しかし、追いかけて来た家来にまたもや命を狙われ海に身を投げました。水死しかけた求女ですが、釣漁をしていた小豆島・土庄の二人連れに助けられました。母の待つ金岡へと帰りましたが、母も京都から追いかけて来た家来に悪い噂を流され、悲しみのあまり自害しておりました。
その後も度々命を狙われますが、危ないところをいつも猫の「月」に助けられました。

西大寺に戻った求女は、父の知り合いの米問屋・藤屋八兵衛に相談し、庵を建ててもらいました。猫の「月」と住みました。自分の周りで亡くなった大勢の人たちの供養をする生活始め、穏やかな日々を過ごすことができました。1878(明治11)年生涯を閉じました。この庵は「猫庵」と呼ばれ、猫が行方不明になったり、亡くなった時は供養してもらったりしました。

北之町町内会会長・大森後藤治(ごとうち)氏(64歳)が代表で管理

庵は、北之町町内会会長・大森後藤治(ごとうち)氏(64歳)が代表で管理しています。7月22日に芥子山の宝泉寺にご祈祷をして頂いています。昔は太鼓を叩いたりして一日中庵で遊んでいましたが、今はなにもしていないそうです。

猫庵は岡山市東区西大寺中3丁目にあり、現在の庵は2005年に改築されました。

参考文献
1916年の地元紙「中国民報」に「伝説猫庵」(中村兵衛作)

★<じぃじとばぁばの独り言>

じぃじ:すぐそばに吉井川から町を守る堰板があるんじゃあ。また見てやってな。
ばぁば:取材にいってびっくりしたんじゃが、会長の大森氏は明治35年に「大森自転車商会」を創業した老舗でじゃあて。現在5代目を襲名しているそうで大森後藤治(ごとうち)ゆうんじゃて。もちろん戸籍も直しているんじゃあ。襲名というと歌舞伎みてえじゃなあ。西大寺では一人じゃそうじゃあ。

山口五社宮(市場町)

山口五社宮(市場町)

せえでえじ神社巡り:山口五社宮(市場町)

山口五社宮(市場町)
山口五社宮(市場町)

磯屋(山口氏)が周防から当地に移り住む時に祀ったものだといわれています。境内には大きな銀杏の大木があり、荘厳な雰囲気を漂わせています。市場町会館もあり、愛宕神社、出雲大社、福徳稲荷、荒神様も寄宮されています。
大きな石の鳥居には天保13(1842)年寅年8月の文字が見えますが、勧請は不詳となっています。明治10(1877)年11月に存置願許可となっています。
ここでは愛宕神社など五つ寄せているので五社と呼んでいるのではないかと思われます。地元の人は「権現寺」と呼んでいます。
観音院ゆかりの「皆足媛」ご神体とされる宝剣も安置されています。

市場町町内長太田恭二氏が代表で管理

お祭りは5月13日に行われ、市場町町内会会長・太田恭二氏(72歳)が代表で管理しています。以前は窪八幡宮(東区久保)の宮司さんが来てお祀りをしておりましたが、現在は町内会の人たち20人あまりが集まり祝詞をあげています。五社宮へお参りすると境内はいつもきれいに清掃されています。

山口五社宮(市場町)昭和40年頃の記念写真
山口五社宮(市場町)昭和40年頃の記念写真

暈(ひかさ)健夫氏が毎日清掃

「境内は大きな木々が多く落ち葉が大変なので毎日お掃除をさせて頂いています。健康のためと思っています」とご近所に住む「みなとや」の暈(ひかさ)健夫氏(72歳)がお話くださり、昭和40年ごろ宮司さんや役員さんたちがたくさんいたころのお祭りの写真など見せて下さいました。
この場所は現在は西大寺中3丁目11となっています。

★<じぃじとばぁばの独り言>

じぃじ:わしも初めてお参りしたが、ここにはもともと「清平寺」があったところらしい。祭日は5月13日じゃてぃ。境内の琵琶はおいしかったなぁ‼
ばぁば:街中にぼっけえ大きな神社があってびっくりしたなあ。ひろえ境内もきれいに掃除が行き届いていて感心じゃあ

毘沙門天(元町)

毘沙門天(元町)

せえでえじ神社巡り:毘沙門天(元町)

大正11(1921)年西大寺住宅組合により63軒の家が田圃の中に作られました。この区画は将来西大寺の発展の元になるという意味から「元町」と名づけられました。明治44(1911)年に開通していた西大寺鉄道の起点西大寺駅から西大寺観音院への参道として発展していきました。
町内には多くの商店が軒を連ね、劇場、映画館、飲食街も出来ました。元町の位置を示す道標(石柱)が「割烹ひさご」前の三差路に建てられています。
独尊のとき「毘沙門天」、四天王がそろっているときは「多聞天」といいます。インド神話のクベータが仏教に取り入れられたものだそうです。武将の姿で二つの鬼を踏んでいて、怨怒の相をしています。
ここでは木像の毘沙門天をお祀りしています。

現在、元町町内会長・岡崎巌氏が代表で管理

だんだんと宅地が広がり元町は大きくなりました。ここは「じぃじ」こと岡崎巌氏(75歳)が元町町内会長で代表して管理しています。
夏祭りは、7月15日前の日曜日に行われています。戦後元町会館を建立した時、お社も一緒に建てました。子供神輿を出し親子で会館の2階に集まりお弁当を一緒に食べビンゴゲーム等をして遊びます。80所帯ある元町ですが町内会加入は100パーセントだそうです。
夏祭りの祭礼は、上寺山余慶寺の恵亮院さんが来て執り行ってくださいます。

毘沙門天(元町)
毘沙門天(元町)
普段は鍵が掛かっています。

★<じぃじとばぁばの独り言>

じぃじ:わしが町内会長で管理しよんよ。子供が少なうなったが、神輿の時には町外へ出ていかれてた人の子供さんやお孫さんも参加されとんじゃあ。
ばぁば:元町は西大寺の町の元じゃったんじぁあ。映画館などあったなあ。今では考えられんほど静かな住宅地になったなあ。

五社(東幸町)

五社(東幸町)

せえでえじ神社巡り:五社(東幸町)

五社(東幸町)
五社(東幸町)

「五社」は「日神」「月神」「星神」「神明」「祇園」をお祀りしている例などがありますが、全国的にも祭神は一定でなく、ここの五祭神は解りません。以前は、おのだ美容院(西幸町、グランドホテル裏の道)の前に川があり、そのそばに祀られていました。昭和32~35年にかけて道路の拡張工事が行われ、その時遷宮しました。

小野田さん(76歳)は「美容院の前は綺麗な水が流れていた川で、子供のころ橋の欄干に友達と並んで腰かけている写真に五社さんが写っていました」と話しておられました。「五社さんをお移ししてから火事が頻繁にあり、部落の人が愛宕山へお参りし、石柱が道路の下に残っていたので住吉神社のお社の中にお移した。それからは火事が起こらなくなった」(同前)のお話もして下さいました。住吉神社の中にあった石柱がそれだと納得しました。

遷宮した場所が福光儀明氏個人の土地であったので、同氏が申し出て管理して下さっていました。同氏が平成27年に亡くなられ、現在は東幸町町内会が住吉神社と一緒に管理しています。住吉神社の夏祭りの時に窪八幡宮の宮司さんが祈祷して下さっています

★<じぃじとばぁばの独り言>

じぃじ:どこぉ調べても詳しいことはわからんのじゃ? でぇーか教えて。
ばぁば:西大寺には五社宮が多いのに愕いたのう。今でもわからんのじゃけえ、先になったら尚更わかろんじゃろうな。

住吉神社(東幸町)

住吉神社(東幸町)

せえでえじ神社巡り:住吉神社(東幸町)

住吉神社は、東幸町の町内会会長・櫻井彰氏が代表で管理をしています。10班に分かれ月当番でお掃除をしています。
会長宅をお尋ねすると、奥様の佐代子氏(66歳)が「会長を引き受けてまだ間がなく、副会長の福井氏(70歳)がずっとお世話をして下さっています。あの方が詳しいので」とおっしゃるので福井純一氏をお尋ねしました。

住吉神社(東幸町)
住吉神社(東幸町)
住吉神社(東幸町)
住吉神社(東幸町)

夏祭りは毎年7月第2土曜日

福井氏は「夏祭りは毎年7月第2土曜日に行います。町内会で会費300円を集めます。子供神輿をだしています。昔は子供も多く60人ほどいましたが、今は30人くらいになりました。お楽しみくじ引き、スーパーボールーすくい、アイスクリーム販売など出店もあり、1回10円で楽しんでもらっています。祭礼は窪八幡宮(東区久保)の宮司さんにお願いをしています」とおっしゃっていました。

かなり歴史がありそうですが、書付などが見当たらず、福井氏は住吉神社をいつ頃お迎えしたのか聞いたことがないといわれ、石原洋三氏(77歳)を紹介してくださいました。石原氏は「子供の時には住吉神社は遊び場でいつも遊んでいた。お社の中に何か書付があるかも知れない」といわれるので、福井氏にお願いをして鍵を開けてもらい、3人で中を探すことになりました。
神社の裏から入ると東幸町の集会所となっていました。広くてきれいにされていて、ここで桃太郎体操など色々行っているそうです。子供神輿、注連飾り、石柱も見せて頂き、いよいよお社へ。いわれになるような手掛かりは見つかりません。かなり古いものだということは解りました。

★<じぃじとばぁばの独り言>

じぃじ:昔は幸町というひとつの町内会じゃったんじゃが、範囲が広うなって西と東に別れたんじゃあ。昭和40年代のころのことじゃあ。
西大寺愛郷会発行の「西大寺の祭り」にも詳しいことは書かれてねーんじゃ。
もともとは幸町の表通りの亀山商会前にあったのがここへ移されたといわれてるがわからんなあ。町内守護の神として7月14日が例祭の日であったらしい。
ばぁば:住吉神社はいつ頃お迎えしたんかな。誰か知ってる人いたら教えて。

付記

住吉大社(大阪市住吉)は、全国にある住吉神社の総本社です。主祭神は海の神である筒男三神(底(そこ)筒男(つつおの)命(みこと)、中筒男(ちゅうつつおの)命(みこと)、表(うわ)筒男(つつおの)命(みこと))で、神(じん)功(ぐう)皇后(こうごう)(息長足姫命)をふくめ四柱をお祀りしています。同大社は、祓の神、航海安全の神、和歌の神、農耕、産業の神、弓の神、相撲の神などとして信仰を集めてきました。西大寺の住吉神社(東幸町)は住吉明神をお祀りしています。仏教などと異なり像がありませんので、どのようなお姿か色々想像しました。

「はだか」第647号

西大寺川柳社発行の「はだか」第647号(2018年11月27日付)が届きました。紹介します。

「はだか」第647号
「はだか」第647号

「河畔集」「はだか句会」などのほか、「おめでとう」欄では、西日本川柳大会における西大寺川柳社のみなさんの入賞などを伝えています。

第20回西日本川柳大会(弓削)

  • 第一部、第2位・野島全、第9位・伊藤寿子、第10位・工藤千代子
  • 第二部、第3位・東槇ますみ、「手紙」天位・野島全、人位・工藤千代子、「ドラマ」天位・国塩志保里、地位・伊藤寿子、「追う」天位・永見心咲

川柳に興味をお持ちの方は、お気軽に西大寺川柳社(主幹・野島全)までご連絡ください。電話086-943-4627

10日、備前西大寺地名考(緑の図書室教養講座)

講師から以下通り掲載依頼がありました。紹介します。

11月10日は、緑の図書室として、お客様100人を目標にして配布資料を準備されています。
しかし、当日は歴史系の講演会がいくつも集中しています。
講演内容にあるように、初めてのお話しばかりです。
お時間のある方は、お遊びにおいで下さい。

10日、備前西大寺地名考(緑の図書室教養講座)
10日、備前西大寺地名考(緑の図書室教養講座)

10日、備前西大寺地名考(緑の図書室教養講座)
10日、備前西大寺地名考(緑の図書室教養講座)