鴨越にある芭蕉の句碑の隣にある句碑

<おん母の 統(しる)しめすかに 良夜なる 磽生>

西大寺の芭蕉の句碑で鴨越にある芭蕉の句碑を紹介しましたが、その隣に設置されている句碑をご存知ですか。
磽生とは誰か? 句碑の背面にある昭和56年6月吉日 武田裕子建立の武田裕子と磽生の関係は? 等の疑問がありましたが今回、解決しましたので、その内容を以下に記します。

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<予告>『絵ハガキで見る戦前の西大寺展』

(2017-4-7WEB管理者注記:この企画は終了しています)

<予告>西大寺文化資料館の次回特別企画として『絵ハガキで見る戦前の西大寺展』を開催します。
西大寺高女・会陽・永安橋など西大寺の古い絵はがきを展示予定です。
古い西大寺の絵はがきをお持ちの方は当資料館までお知らせください。
展示期間は平成28年(2016)9月4日~12月18日までの毎日曜日です。
開館時間は10時~16時です。ご期待下さい。

『絵ハガキで見る戦前の西大寺展』

「平成28年度 第44回 西大寺公民館文化祭」に展示発表しました

平成28年度の西大寺公民館文化祭が7月23日(土)~24日(日)に開催されました。
西大寺愛郷会も西大寺公民館のクラブの一員として展示発表を行いました。
展示発表の内容は下記のとおりです。
平成28年(2016)4月10日~5月29日まで西大寺文化資料館にて特別企画として展示した
『なつかしのはきもの展』の内容を充実させて展示しました。
また、次回特別企画として開催予定の『絵ハガキで見る戦前の西大寺展』の予告をしました。

展示概要は次のとおりです。

「平成28年度 第44回 西大寺公民館文化祭」に展示発表しました「平成28年度 第44回 西大寺公民館文化祭」に展示発表しました

西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展

(2017-4-7WEB管理者注記:この展示は終わっています)

西大寺文化資料館では特別企画として『西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展』を開催します。
展示期間は平成28年(2016)6月5日(日)~8月28日(日)までの毎日曜日です。
開館時間は10時~16時です。 “西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展” の続きを読む

旧伊原木家住宅

主屋南面(正面)
主屋南面(正面)
主屋北面
主屋北面

*岡山県近代和風建築 第3号(平成25(2013)年発行)」からの転載です。

分類:住宅(一般住宅)
構造形式/建築年代:主 屋 木造二階建、入母屋造一部切妻造、桟瓦葺/明治29(1896)年
衣装蔵 木造二階建、切妻造、本瓦葺/明治
<沿革>
伊原木家は、幕末期から西大寺で商業を営み、小間物、雑貨の販売を行った。
高瀬舟が行き来する西大寺の地の利を得て繁盛し、明治に入ると、呉服の卸と小売を始めたほか、田地を集積し、
金融業にも手てを広げ蓄財した。明治29年(1896)、二代目伊原木藻平は呉服業を甥の久三郎(三代目藻平)に譲った。
久三郎はそれまで個人経営であった呉服店を会社組織に変更、合名会社伊原木呉服店(後の天満屋呉服店)を設立した。
この年、二代目藻平は店の隣に住宅を新築して移っており、これが本調査対象物件である。
現在、主屋は天満屋西大寺寮、衣裳蔵は西大寺文化資料館として管理、使用されている。
<建物の概要>
主屋の屋根は桟瓦葺で、間口が8間半奥行が6間半で面積約140坪である。
和室は大小合わせて18室あり、床の間付きの和室はそれぞれ特徴を持たせている。
特に、1階和室10畳の出書院付きの床の間は、2間半の幅の中に、畳床一間、違棚と地袋一間半という格式を上げた
形式になっており、他の部屋と差別化されている。
天袋の襖は、気品のある金色に花柄模様で仕上げられ、この室の艶やかさが表現されている。
違棚の海老束は本来30㎜角の材料を使用するが、1枚板をくり貫いたものが束となっており、当時としては極めて珍しいものである。
(後略)
<まとめ>
旧伊原木家住宅は、百年以上にも及ぶ年月を経ても建物の価値は薄れておらず、当時の建物を造る思いが込められた大工仕事が
随所で見られる。
特に欄間、床の間等、指物大工の造形美は今の時代でも色あせない奥ゆかしさが感じられ、本来の建築美の原型を今に残している。
また、玄関の採光窓、煉瓦造のカマドと煙突、雨戸の鉄製レールなど、近代ならではの特徴や造作がよく保存されており、
近代和風建築として価値が高いと判断される。

西大寺文化資料館の主な所蔵品

西大寺文化資料館の主な所蔵品

1.会陽の宝木 江戸時代から現代まで。西大寺以外に、井寺、満願寺、荒鍬宮のものまで。
2.会陽の版画と行事の写真
3.大福帳 引札 度量衡 看板 帳場の結界
4.高瀬舟取引帳
5.永安橋の歴史的資料
6.戸長文書(浅越の青山家)
7.地主文書(河本の松岡家)
8.大多羅反射炉出土品
9.吉井川川底出土品
10.昔の通貨および関係資料(山口勝正氏)
11.西大寺地区文芸出版物、新聞切抜き、写真、漢籍(三浦 叶氏)
12.天満屋資料(本館収集に加えて、天満屋よりの寄贈品)

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西大寺文化資料館開設趣意

*発行書籍「西大寺5号(昭和五十四(1979)年十二月十日発行)」
からの転載です。

西大寺文化資料館の開館によせて

昭和四十八年の春、わが愛郷会が発足したとき、その事業の一つに、西大寺の文化資料を収める資料館を作りたいという願いがあった。
それには資料の調査、蒐集に時間がかかるし、またそれを建設運営するには相当な資金を要するということで、なかなか実現は難しかった。
それが偶々今回株式会社天満屋さんが、創業百五十周年を記念して西大寺の旧伊原木邸と庭を整備されるに際し、本会の趣旨に賛同され、その倉庫を資料の展示ができるよう整備し無償で貸して下されることになった。
ここにおいて我々はその開設準備委員会を作り、西大寺に関係ある公職にある人、各種団体の代表者、芸術家の方々の賛同を仰ぎ、町を挙げて発足することとした。
その依頼書、開設趣意書、賛助者は次のとおりである。

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西大寺文化資料館とは

西大寺文化資料館の外観
西大寺文化資料館の外観
西大寺文化資料館として使用している衣裳蔵
西大寺文化資料館として使用している衣裳蔵

西大寺は西大寺観音院の門前町として、また吉井川を往来する高瀬舟の港町として古くから商業の町として栄えてきました。
西大寺文化資料館は、郷土西大寺における自然や文化財の保存研究を奨励し、文化向上に郷土の寄与するために設立された、西大寺愛郷会[昭和48年(1973)]によって運営されている資料館で、昭和54年(1979)12月9日に開館しました。

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愛郷会発行図書「西大寺」の表紙を語る

発行図書「西大寺」の表紙のふるきをたずねます。

第1号 西大寺観音院:桜田昌郎氏のスケッチ画

作者の桜田昌郎氏は岡山市東区上阿知在住の人。
作品の年代は不祥。向州公園から望む観音院の風景。
西大寺は、岡山県岡山市東区西大寺にある寺。
山号は金陵山。本坊は観音院。観音院は高野山真言宗別格本山の寺院。本尊は千手観世音菩薩。
日本三大奇祭のひとつとも言われる、会陽(えよう、裸祭り)が有名である。
寺伝によれば、751年(天平勝宝3年)、周防国玖珂庄(現在の山口県岩国市玖珂町)に住んでいた藤原皆足姫が金岡郷(現在の岡山市東区西大寺金岡付近)に観音像を安置したことに始まり、777年(宝亀8年)安隆が現在地に堂宇を建立したとされる。
元々は犀の角を戴き鎮めた地に建立したことから、「犀戴寺(さいだいじ)」と称したが、後に後鳥羽上皇の祈願文から「西大寺」に改称したとされる。
1507年(永正4年)の『金陵山古本縁起』によれば、1299年(正安元年)に堂宇を消失した記録のなかに、本堂、常行堂、三重塔、鐘楼、経蔵、仁王門等を構えていたことが記されており、すでに地方屈指の大寺であったものとみられる。
(参考)ウィキペディア 西大寺

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愛郷会発行図書「西大寺」

1号

<発行日:昭和50(1975)年 6月>

目次 作者
表紙 西大寺観音院スケッチ画 桜田 昌郎画
口絵 明治六年角力興行
創刊のことば
海から来た神 木村 堅一
乙子神社祭礼考 大重 美敏
会陽・「しんぎ」の語意 三浦 叶
金岡新田・可知学区の字名について 矢部 文次
かんばら 行司 芳郎
幸島と石にまつわる話 門田歓次郎
道灌と江島 外波崎住人
高橋秋華画伯を訪ねて 晩 舟 生
資料 70年前の西大寺の商家
例会日誌
会 則

愛郷会発行図書「西大寺」の表紙を語る

 

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