西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展

(2017-4-7WEB管理者注記:この展示は終わっています)

西大寺文化資料館では特別企画として『西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展』を開催します。
展示期間は平成28年(2016)6月5日(日)~8月28日(日)までの毎日曜日です。
開館時間は10時~16時です。 “西大寺に残っていた西南戦争の錦絵新聞展” の続きを読む

旧伊原木家住宅

主屋南面(正面)
主屋南面(正面)
主屋北面
主屋北面

*岡山県近代和風建築 第3号(平成25(2013)年発行)」からの転載です。

分類:住宅(一般住宅)
構造形式/建築年代:主 屋 木造二階建、入母屋造一部切妻造、桟瓦葺/明治29(1896)年
衣装蔵 木造二階建、切妻造、本瓦葺/明治
<沿革>
伊原木家は、幕末期から西大寺で商業を営み、小間物、雑貨の販売を行った。
高瀬舟が行き来する西大寺の地の利を得て繁盛し、明治に入ると、呉服の卸と小売を始めたほか、田地を集積し、
金融業にも手てを広げ蓄財した。明治29年(1896)、二代目伊原木藻平は呉服業を甥の久三郎(三代目藻平)に譲った。
久三郎はそれまで個人経営であった呉服店を会社組織に変更、合名会社伊原木呉服店(後の天満屋呉服店)を設立した。
この年、二代目藻平は店の隣に住宅を新築して移っており、これが本調査対象物件である。
現在、主屋は天満屋西大寺寮、衣裳蔵は西大寺文化資料館として管理、使用されている。
<建物の概要>
主屋の屋根は桟瓦葺で、間口が8間半奥行が6間半で面積約140坪である。
和室は大小合わせて18室あり、床の間付きの和室はそれぞれ特徴を持たせている。
特に、1階和室10畳の出書院付きの床の間は、2間半の幅の中に、畳床一間、違棚と地袋一間半という格式を上げた
形式になっており、他の部屋と差別化されている。
天袋の襖は、気品のある金色に花柄模様で仕上げられ、この室の艶やかさが表現されている。
違棚の海老束は本来30㎜角の材料を使用するが、1枚板をくり貫いたものが束となっており、当時としては極めて珍しいものである。
(後略)
<まとめ>
旧伊原木家住宅は、百年以上にも及ぶ年月を経ても建物の価値は薄れておらず、当時の建物を造る思いが込められた大工仕事が
随所で見られる。
特に欄間、床の間等、指物大工の造形美は今の時代でも色あせない奥ゆかしさが感じられ、本来の建築美の原型を今に残している。
また、玄関の採光窓、煉瓦造のカマドと煙突、雨戸の鉄製レールなど、近代ならではの特徴や造作がよく保存されており、
近代和風建築として価値が高いと判断される。

西大寺文化資料館の主な所蔵品

西大寺文化資料館の主な所蔵品

1.会陽の宝木 江戸時代から現代まで。西大寺以外に、井寺、満願寺、荒鍬宮のものまで。
2.会陽の版画と行事の写真
3.大福帳 引札 度量衡 看板 帳場の結界
4.高瀬舟取引帳
5.永安橋の歴史的資料
6.戸長文書(浅越の青山家)
7.地主文書(河本の松岡家)
8.大多羅反射炉出土品
9.吉井川川底出土品
10.昔の通貨および関係資料(山口勝正氏)
11.西大寺地区文芸出版物、新聞切抜き、写真、漢籍(三浦 叶氏)
12.天満屋資料(本館収集に加えて、天満屋よりの寄贈品)

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西大寺文化資料館開設趣意

*発行書籍「西大寺5号(昭和五十四(1979)年十二月十日発行)」
からの転載です。

西大寺文化資料館の開館によせて

昭和四十八年の春、わが愛郷会が発足したとき、その事業の一つに、西大寺の文化資料を収める資料館を作りたいという願いがあった。
それには資料の調査、蒐集に時間がかかるし、またそれを建設運営するには相当な資金を要するということで、なかなか実現は難しかった。
それが偶々今回株式会社天満屋さんが、創業百五十周年を記念して西大寺の旧伊原木邸と庭を整備されるに際し、本会の趣旨に賛同され、その倉庫を資料の展示ができるよう整備し無償で貸して下されることになった。
ここにおいて我々はその開設準備委員会を作り、西大寺に関係ある公職にある人、各種団体の代表者、芸術家の方々の賛同を仰ぎ、町を挙げて発足することとした。
その依頼書、開設趣意書、賛助者は次のとおりである。

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西大寺文化資料館とは

西大寺文化資料館の外観
西大寺文化資料館の外観
西大寺文化資料館として使用している衣裳蔵
西大寺文化資料館として使用している衣裳蔵

西大寺は西大寺観音院の門前町として、また吉井川を往来する高瀬舟の港町として古くから商業の町として栄えてきました。
西大寺文化資料館は、郷土西大寺における自然や文化財の保存研究を奨励し、文化向上に郷土の寄与するために設立された、西大寺愛郷会[昭和48年(1973)]によって運営されている資料館で、昭和54年(1979)12月9日に開館しました。

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愛郷会発行図書「西大寺」の表紙を語る

発行図書「西大寺」の表紙のふるきをたずねます。

第1号 西大寺観音院:桜田昌郎氏のスケッチ画

作者の桜田昌郎氏は岡山市東区上阿知在住の人。
作品の年代は不祥。向州公園から望む観音院の風景。
西大寺は、岡山県岡山市東区西大寺にある寺。
山号は金陵山。本坊は観音院。観音院は高野山真言宗別格本山の寺院。本尊は千手観世音菩薩。
日本三大奇祭のひとつとも言われる、会陽(えよう、裸祭り)が有名である。
寺伝によれば、751年(天平勝宝3年)、周防国玖珂庄(現在の山口県岩国市玖珂町)に住んでいた藤原皆足姫が金岡郷(現在の岡山市東区西大寺金岡付近)に観音像を安置したことに始まり、777年(宝亀8年)安隆が現在地に堂宇を建立したとされる。
元々は犀の角を戴き鎮めた地に建立したことから、「犀戴寺(さいだいじ)」と称したが、後に後鳥羽上皇の祈願文から「西大寺」に改称したとされる。
1507年(永正4年)の『金陵山古本縁起』によれば、1299年(正安元年)に堂宇を消失した記録のなかに、本堂、常行堂、三重塔、鐘楼、経蔵、仁王門等を構えていたことが記されており、すでに地方屈指の大寺であったものとみられる。
(参考)ウィキペディア 西大寺

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愛郷会発行図書「西大寺」

1号

<発行日:昭和50(1975)年 6月>

目次 作者
表紙 西大寺観音院スケッチ画 桜田 昌郎画
口絵 明治六年角力興行
創刊のことば
海から来た神 木村 堅一
乙子神社祭礼考 大重 美敏
会陽・「しんぎ」の語意 三浦 叶
金岡新田・可知学区の字名について 矢部 文次
かんばら 行司 芳郎
幸島と石にまつわる話 門田歓次郎
道灌と江島 外波崎住人
高橋秋華画伯を訪ねて 晩 舟 生
資料 70年前の西大寺の商家
例会日誌
会 則

愛郷会発行図書「西大寺」の表紙を語る

 

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郷土を彩るゆかりの人達<著者:中村美佐雄 発行日:平成21(2009)年 4月>

目次
(財界)天満屋初代 伊原木茂兵衛
(財界)天満屋二代 伊原木藻平
(財界)天満屋二代 伊原木藻平
(財界)天満屋四代 伊原木伍郎
(財界)両備創業者 松田與三郎
(財界)両備二代  松田壮三郎
(財界)両備三代  松田 基
(芸術)狩野派絵師 狩野永朝
(城主)正木 大膳 妻 玉尾
(文学)万葉調歌人 平賀元義
(教育)六高校長  黒正 巌
(芸術)日本画家  石井金陵
(芸術)日本画家  岡本月村
(社会)農民運動家 山上武雄
(芸術)洋画家   ベル串田
(行政)西大寺市長 家野猛之
(教育)西中初代校長 絹巻 忠
(芸術)仏画家   釈尾弘邦
(教育)文理大教授 田中寛一
(財界)第一生命  矢野恒太(1~7)
(財界)テイカを誘致 中野静夫(上・下)
(教育)英学者   中野 久夫
(教育)国文学者  業合 大枝(上・下)
(宗教)住職で家元 河内 祐憲(上・下)
(教育)大原農研設立 近藤萬太郎(1・2・3)
(教育)統合西高校長 森 嘉吉(上・下)
(社会)孤児院創設  石井十次(上・中・下)
(芸術)日本画家   高橋 秋華(上・下)
(史家)改定邑久郡誌 小林久磨雄
(自治)西大寺町長  岡崎 勉
(自治)西大寺町長  山口誠孝
(政治)知事から大臣へ 安井英二
(政治)井戸端政治家 小橋三兄弟
(行政)4回も外務大臣 次田大三郎
(財界)ホクコー初代社長 山本正志
(建築)新田の棟梁  尾関滝右衛門
(報道)山陽新聞社長 松岡良明
 後記

備前の国西大寺 歴史探訪記<著者:中村美佐雄 発行日:平成25(2013)年 6月>

目次
真言宗 金陵山西大寺
神仏習合の霊地 上寺山
雄神川神社(西大寺渡場町)神武天皇を祀る
西大寺紡績設立から再開発まで
山陽板紙と大蔵省印刷局へ
邑久郡での酪農と練乳会社
日本エクスラン工業西大寺工場 戦後企業誘致第一号
鴨越浄水場
金岡新田
幸島新田
沖新田
岡山県の三大河川
倉安川
両備グループ百年の軌跡
赤穂線の開通までの足跡
金山の寸描
吉井川右岸の向州
北之町の浜倉と藤家八兵衛
西大寺地区の歴史を訪ねる
旧上道郡西大寺町
旧上道郡雄神村
旧上道郡金田村
旧上道郡九蟠村
旧上道郡津田村
旧上道郡光政村
旧上道郡可知村
旧上道郡古都村
旧邑久郡豊村と長沼地区
旧邑久郡太伯村
旧邑久郡幸島村
旧邑久郡朝日村
旧邑久郡大宮村
連載を終えるにあたって

西大寺物語<著者:青江文次 発行日:平成12(2000)年 3月>

目次
1 西大寺の夜明け
2 黒和貝塚
3 第三の場所
4 お寺、古い地名
5 今も残る古い地名
6 大伯皇女の悲話
7 東大寺の瓦出土の謎
8 源平合戦のころ
9 西大寺地域の鉄
10 宇喜多家の人々(一)
11 宇喜多家の人々(二)
12 宇喜多家の興亡 ふくという女
13 宇喜多から池田
14 江戸時代の文化遺産
15 ”推歩先生”海岸を測量
16 西大寺ゆかりの赤穂浪士
17 ゆかりの万葉歌人
18 平賀元義の和歌
19 多士済済の名工
20 永安橋第一号
21 永安橋 その後
22 夏の祭り
23 観音院の夏祭
24 ここはどこでしょう?
25 ここはどこでしょう?
26 前回の答
27 朝廷や足利軍勢が往来
28 古代から開けた「可知郷」
29 江戸時代に干拓で開ける  金田
30 芥子山麓で古代人生活   芳野
31 寺子屋中心に学問盛ん   金岡
32 岡山藩直営で干拓     光政
33 ”干拓恩人”の名字が村名 津田
34 三百年”耐える”湾曲堤防 九蟠
35 鎌倉末期には”市場”   西大寺①
36 近代化を進めた初代町長  西大寺②
37 家、職業とも同じは2軒、新堀町30戸・70年の変遷 西大寺③
38 水路が交錯する”心臓部” 雄神
39 吉井川の”沖積開拓”   豊
40 平安時代の書物に地名   長沼
41 古来牛窓往来の”要地”  太伯
42 地名は安仁神社に由来   大宮
43 幸西堤300年前の土木技術を結集 幸島
44 岡山市内で朝日を早く見る所 朝日
45 往年には採石・精練所で活況 犬島
46 西大寺地区内を「歩くコース十選」
47 平成六年に「新八景」選定
48 寄進の「屋号」に厚い信仰心 窪八幡宮
49 新たに「7選」を追加 ハイキングコース
50 読者の皆さんに励まされる
 あとがき